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きのうも書きましたが、坂本龍馬に関する幕府側の史料が新たに発見されました。 幕府側の史料が見つかるのは珍しいそうです。 とはいっても土佐藩が入手した幕府の報告書の“写し”なんだとか。 龍馬が船宿・寺田屋で幕吏に襲われた翌日のものだそうです。 ところでこの龍馬が船宿・寺田屋で幕吏に襲われたっていう事件について、新聞各社は「寺田屋事件」と報じています。坂本龍馬記念館がそう発表したのをそのまま報道しているのかもしれませんが、私は「寺田屋事件」いうと別の事件を想像してしまいます。 文久2年に起こった、島津久光による薩摩藩尊攘浪士の粛清事件です。 薩摩藩の尊攘派は島津久光をして倒幕の旗をあげさせようとしていましたが、久光にはその気がなく、不満をもった彼らは関白九条尚忠らを暗殺しようと伏見の寺田屋に集います。 これを知った久光は大久保一蔵を派遣して止めようとしますが失敗。そこで同じ尊攘派の中から数人を選んで連れ戻すよう説得させることにします。 ところが潜伏している方は聞く耳をもたない。万が一そのようなことがあれば斬るように言われていた説得側は、自分達も尊攘派であるのに泣く泣く同志達に剣をむけます。 こうして仲間同士の斬り合いがおこったのです。これが、世に言う「寺田屋事件」「寺田屋騒動」です。 一方、今回坂本龍馬に関して言われている「寺田屋事件」とは、慶応2年に起こった坂本龍馬捕縛未遂事件のことです。風呂に入っていたお龍が裸で階段を駆け上り龍馬に危機を知らせたという話は有名ですよね。私は前述のように龍馬の捕縛未遂事件といって一応薩摩藩の寺田屋事件とは区別して呼ぶようにしています。電子辞書で「寺田屋事件」とひいても、国語辞典・百科事典・日本史事典全てで、薩摩藩の事件しかのっていませんでした。しかしWikipediaで見てみたら、どちらの事件も「寺田屋事件」と呼ぶみたいです。 ・・・紛らわしいですねぇ。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして。 |
gingnangboy 2009/12/18 13:55 |
何度もすみません。 |
gingnangboy 2009/12/18 13:59 |
>gingnangboyさま |
栞 2009/12/18 19:03 |
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